虫の音が耳に心地良く馴染む、初秋の夜の事。
沼井充は桐山和雄を連れ、家からさほど離れていない所にある森林公園に来ていた。

きっかけは些細なものだった。
桐山を家に上げ、何気なくつけたテレビで蛍の特集をやっていた。
充は特に何とも思わなかったのだが、桐山がその番組にあまりにも夢中になっていたので、
少し可笑しくなって、尋ねた。
「ボス、そんなに蛍好きなの?」
「いや。…見た事がないんだ」
城岩に越してくる前は都会に住んでいたらしい桐山にとって、蛍は図鑑でしか見る事のない生き物だったようだ。
「まじかよ、俺たくさん見れるとこ知ってるぜ?」
自分にとっては珍しくも何ともない蛍を、桐山が見た事がない、というのは、何だか寂しい事の様な気がした。今回に限らず、桐山と一緒に居ると、そんな思いをすることが度々あったのだが。
「…本当か?」
桐山は僅かに目を大きくした。…彼が興味を示した証であった。
充はそんな桐山に微笑しつつ、頷いた。
「今の時間からなら、すぐ見れると思う。行こう、ボス」


夏に比べると、もう随分と日が短くなった。
夕方から夜に移行するのもあっという間だ。
さらさらと涼しい風が吹く。
程よく月明りに照らされた道は夜でもそんなに暗くなく、歩きやすかった。
ファミリーのメンバー達で繁華街に繰り出す時とはまた違った、夜の散歩。
桐山と二人きり。
「…ボス」
「何だ?」
「…ちょっと、いい?」
自分に比べれば随分と繊細で、白蝋細工の様な桐山の手。
それを充は大切そうに取り上げて、自分の手で包み込んだ。

桐山は顔を上げて此方を見て、少しだけ目を丸くした。
「…充」
「ボスが嫌ならやめる」
ひどく子供じみた欲求だと思う。―自分でも。
桐山に我侭を聞いて欲しい。
傲慢かも知れないけれど、充は決して桐山が自分のする事を拒まないと信じていた。
―信じていたかった。
ひやりと冷たい手は充の手から逃れようとはしない。
「充がそうしたいのなら、構わないよ」
桐山は拒まない。
それが嬉しかった。いつも。
桐山の顔を見て一度笑むと、充はぎゅっと桐山の手を握った。
二人きり。
桐山と少しでも近づいていたかった。
普段我慢している分を返上するくらいに。



水場が近いのか、どこか湿ったような空気が立ち込めてくる。
「もうすぐだぜ、ボス」
「ああ」
桐山は玲瓏な声で応じた。

桐山とこうしてこの公園に来ているのは、何だか変な感じがした。
ここは小さい時に良く来ていた場所だから。
―蛍。
珍しくも何ともない。見慣れたもの。―でも。
もう、一体どれ位ここに来ていなかっただろう。

「―充?」
「え?」
「…どうした。いつもと様子が違う」
自分より少し下の位置から、見上げる様にして桐山は問い掛けてきた。
漆黒の双眸がじっとこちらを見詰める。
「―何でもないよ」
口の端を僅かに上げ、桐山から視線を外した。
桐山はまだ此方を見詰めているようだったが、それ以上訊ねてこようとはしなかった。

やがて数分も立たぬうちに蛍の池に着いた。
もう最盛期は過ぎてしまっているだろうが、それでもたくさんの蛍が美しい光を放っていた。
丸い光は点いたり消えたりを繰り返している。

「いるいる。ボス、ここ来て。よく見えるからさ」
そう言って充が桐山の手を引き、指差すと、桐山は黙ってその方向を見詰めた。
「どう?」
「…こうして近くで見るのも、悪くない」
桐山は目を細めた。表情にはほとんど表れないけれど、充は桐山が満足してくれたものと解釈した。
「そっか。…よかった」
笑顔で桐山を見て、それからまた蛍に視線を移す。
まばゆい光が、ほんの少し目に沁みた。

「…蛍」
充は蛍を見詰めたまま、言った。
「俺が小さい時さ、親父とお袋に連れてきてもらってさ。…よく、見てたんだ」
ちょうどこんな時期。こんな時間に。
充は池を囲む柵から身を乗り出しながら、続けた。
「あの時、それしか考えられないくらい蛍蛍騒いで、親父もお袋もすごく困ってた」
桐山の方は見なかった。
「…ほんと、子供だったんだよな…あのころ」
作り笑いになるのが、自分でも分かった。
目元がふいにちりっと熱くなって―、それを無理に堪えた。
「―充?」
桐山の訝しげな声が聞こえる。
それに、すぐには応えなかった。
蛍のやわらかな光が目に沁みる。

込み上げた何かをぐっと飲み込む。
…桐山に気付かれない様にしたかった。
結局、無理なことなのだけれど。
桐山の方を見た。
桐山の漆黒の瞳は、真っ直ぐ此方に向けられていた。
 「…ボス」
充は、その桐山の視線に応えるように、静かな声で言った。
「俺、ここでボスを抱きたい」

蛍の灯す光があたりを包み込む。
桐山の凄艶なまでの美貌は青白い光を受け、普段より更に研ぎ澄まされていくように見えた。
どこかあやふやな、掴み所のない美しさ。
桐山だけが持つその不思議な魅力は、充を捕らえて離さなかった。
「…構わない」

形の良い唇が、静かに了承の言葉を紡いだ。


「ボス…」
充はぎゅっと桐山の身体を抱き締めた。
包み込んであげたい。
細くて頼りなげなこの人の身体を抱き締めて、温めて。
まるですぐにでも消え入ってしまいそうなその存在が、確かに自分のすぐ傍にあると言う事を確かめていたい。
口付けを落とすと、桐山も応えてきた。
くちゅ、くちゅ、とお互いの舌を貪り合う。
決して強く自己主張はしないのに。
桐山は訴えかけて来る様であった。
いつも桐山に飢え、桐山を求めているのは自分の方の筈なのに。
時々何故か彼が何かを欲しがっているように見えるときがある。
「―っは…」
唇を離すと、視線が絡み合った。
漆黒の瞳は憂いを帯びているようだった。

桐山のシャツの胸を乱暴に開いた。
そこに顔を埋めた。
「ん…っ…」
桐山が小さく声を洩らす。
そのささやかな突起を味わうかのように、丹念に舌で愛撫した。
彼の背中に手を回し、そのまま地面に倒れこむ。
地を覆う草は僅かに露を含んでいた。
どこか苦い香りがした。

静かな公園の中、二人の荒い息遣いと、虫の音だけが鮮明に聞こえた。

月明かりに照らされた桐山の肌は痛々しいくらいに白く、透き通るようだった。
ジーンズのジッパーを下ろした。
その下肢の中心に息づいているものに、そっと触れる。
途端に組み敷いた身体がびくっと跳ねた。
ゆるゆると扱くと、桐山はくぐもった呻き声を上げた。
「うっ…」

かさりと薄緑の草が音を立てる。
桐山は充の身体の下で息を乱しながら、それでも大人しくしていた。
表情も相変わらず大きな揺らぎを見せない。
そんな桐山をもっと反応させたくて、充は愛撫する手に力を篭めた。
手にしたものの根元を扱きつつ、透明な雫で濡れている尖端をそっと口に含む。
桐山の無表情が僅かに変わったように見えた。
「あぁ…っは…」
薄く開いた唇から溜息に似た喘ぎが洩れる。形の良い眉が寄せられ、切れ長の目が快美に耐えぬかのように細められた。
桐山のものの大きさから言えば根元まで咥えてやることもさして難しくないのだが、充は敢えて尖端だけを口にして吸い上げた。
桐山は充の愛撫に素直に反応して質量を増していった。
そのまま、いつも通り口で一度出させてやろうと本格的な愛撫に移ろうとした充の頭を、桐山が押さえた。
拒まれたのかと思い、充が少し悲しそうに桐山を見上げると、桐山は僅かに肩を上下させながら言った。
「充。…俺もしたい」
「―え?」
「充にも、していいか?」
最近は一方的に自分からの愛撫を受けるのみだった桐山が、久し振りに積極的な態度を示したので、充は不思議に思いつつも、素直に喜んだ。
「…もちろん」

久し振りに受ける、桐山からの口唇愛撫は、蕩け心地になるほど気持ちが良かった。
初めて桐山を抱いた時は、セックスを知らない自分に桐山が全てを教えてくれた。
今でこそ自分が能動的に桐山を愛撫しているけれど、最初は全く加減がわからなかったものだ。
「…ん…ボス…っ…そこ…」
桐山の舌が敏感な先端の窪みをなぞり、体中が痺れる様な快感が走って、充は危うく達しそうになった。
桐山の艶やかな黒髪をそっと撫ぜる。
自分のものを咥えている桐山はどんな顔をしているだろう。
どんな事を、考えているだろう。
今は自分のことだけを考えてくれているだろうか。

―自分がいつもそうであるように。
「…もう、いいよ。…ボス…」
そう桐山に声をかけると、桐山はゆっくりと顔を上げた。
つつう、と粘液が糸を引く。
何とも扇情的なその様子に充はぞくりとした。

「ボスの中に入れさせて」
桐山の口の端を軽く拭ってやりながら言った。
桐山は無言で頷いた。



草の上を褥とするのはこれが初めてだった。
ベッドとはまた違った趣。
こんな場所でセックスをするのは、普通ならご法度だろう。
男同士で、という時点でもう既に世間の常識を外れているのだろうけれど。

まるで獣の様に、草の上で交わる。
それに罪悪感はなかったが、妙に興奮してはいた。
腰を打ちつけるのにいつもより力が入った。
「…っく…っ…充…」
「…あ…ボスっ…ボスっ…」
結合部から粘着質な音が響いた。合わせた肌と肌が溶け合ってしまいそうに密着して。
二人が動くたび、草がかさかさと音を立てる。
―ボス。
ここ、俺の思い出がたくさん詰まってる場所なんだ。
まだ楽しかった時のさ。
だから俺、ボスを連れてきたくなったのかも知れない。

…ボスと一緒に来たかったんだ。

腕の中の桐山を、優しく抱き締める。
艶やかな黒髪を何度も何度も梳いては撫ぜる。
まるでむずがる子供をあやすかのように。
「ふっ…っ…充…っ…」
何度も跳ね上がる身体を地に押し付ける。
突く度に、桐山が詰まった様な声を洩らす度に、充は自分の中に生じた熱がだんだんと上昇していくのを感じていた。

気持ちを言葉で表す事は得意ではなかった。
だからこうするしかないのかなと思う。
「―ボス…」
俺、ボスに…。

「…っは…っう…ああっ…」
桐山の腕がしっかりと充の背に回され、きつく引き寄せられた。
桐山の身体がぶるっと震え、充の腹部に向かって熱い液体が放たれる。
その瞬間にきゅっときつく自身が締め付けられた。
「あ…くっ…んん…」
充も桐山の中で行き着いた。
どくり、と白い精液を桐山の中で解放する。
全てを注ぎ込んでも、充は桐山を離さなかった。



「俺さ、ボスに見せたいものがたくさんあるんだ」
桐山の乱れた髪をそっと撫でながら、充は睦言の様に言った。
桐山と向かい合って、横になった姿勢で。
「俺が見て楽しいって思ったものとか、ボスと一緒に見たいんだ」

桐山を見ていると、感じずにはいられない何か。
この人が求めているものを、俺が。―俺が与えてあげたい。
かつて自分がそうであった様に。
「ボスのこと大好きだから。ボスと一緒に…見たいんだ」
身体を重ね合う事だけではなくて。
俺に何か。―俺に出来る何かをボスにしてあげたいんだ。―本当は。

桐山は黙っていた。
静かに、充の話を聞いていた。

虫の音が響く。
二人の間に沈黙が落ちる。

桐山がふいに、身を寄せてきた。
充は驚いた。
「―ボス?」
「俺は」
桐山は一度瞬きをしてから、上目遣いに充を見上げた。
「俺は、充に教えて欲しいから。だから、充と一緒に居るのかも知れない」
澄んだ声が、はっきりと充の耳に響いた。

「充なら、いや、充でなければ教えてくれないような気がした」
桐山は充の胸に頬を寄せた。
しがみつくように充のシャツを掴んだ。
「それは、充を好きと言う事なのか…?」
こめかみのあたりを、充の胸に擦りつけるようにした。
充はぎゅっと、そんな桐山を抱き締めた。
目元がまたじわりと熱くなった。





おわり


後書き+++

一周年記念リク、一ヶ月以上もお待たせしてしまいましたが(汗、紫苑様より「二人で公園に蛍を見に行った先で野外H」でした。…な、何か最初すごいHにしようとしたのに出来上がったらこんなになってました(汗。すみません重い話で…。

充が不良やってるのにも色々訳があるんだと思います。
家庭の事情とか。…今回あえて詳しく触れませんでしたが。
充が桐山と一緒に居て居心地が良いのは、桐山が自分を拒む事無くただ受け入れてくれるから。でも桐山に何かが足りない事をどこかで感じていて、与えてあげたいと思ってる。原作で、自分の知っている事なら何でも教えてあげようとしてた充の姿を見て思ったこと。
桐山は自分が人と違う事を薄々分かっていて、理解しようと試行錯誤してる。「そうしてみようと」思うのは、気まぐれだったとしても桐山の何かを求める心なんじゃないかと思ってたり。…私的設定。
お互いの足りない部分を補い合える関係であって欲しいです。
桐山に一番近づいて、桐山の事を想ってくれていたのは、やはり充だと思うし、桐山もそんな充を特別に思ったんじゃないかと私は考えています。
リクエスト、ありがとうございました。
草むらでHがいまいち生かされてなくてすみません(汗。


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