「ボス、好きだよ、大好きだよ」
充が囁く。
何度も、何度も。
充の言葉は俺にとって心地良い。
どうしてかはわからないが、
「充…」
きっと、充の存在の全てが、心地良い。
この心地良さを与えてくれるのは充だけなのだと。
俺はそれに気付き始めていた。
Distance
「…なあボス」
「どうした?」
「俺さ、前から気になってた事があるんだけど」
「何だ?」
行為を終えて、二人とも裸のまま、布団の中でくつろいで居る時。
充は少しだけ視線を泳がせた後、桐山に小さな声で尋ねた。
「入れられるのって…気持ち良いのか?」
「………」
充はそう真顔で言った後、しまった、という風に顔を紅く染めた。
「わりい、変な事聞いちまって…」
「ああ」
桐山は表情を変えずに答えた。
「気持ち良いよ」
充が虚をつかれたような顔をするのを見て、桐山は不思議そうに首を捻った後、
「試してみるかい?」
と、充にしてみればとんでもない言葉を吐いた。
充は慌てて首を振った。
「え、遠慮しとくよ」
「そうか」
そこで会話は途切れた。
充は思ったよりも疲れていたらしい。
すぐに眠ってしまった。
充の家に泊まる時は誰にも気兼ねは要らない。
たいてい充の両親は留守にしていたから。
こんな格好で眠ってしまうのにも慣れたものだった。
行為の後はどこかけだるい。何もする気が起きない。
衣服を身に纏う事すらも、だ。
今は何も着ていなくとも平気なくらいの室温だった。
充の静かな寝息が聴こえて来た。
桐山のほうは妙に目が冴えてしまい、なかなか寝付けなかった。
身体が火照ったように熱い。
…まだ、足りない、か。
桐山はそっと自分の下腹部に手をやる。
「…ふっ…」
自分の手でそこを撫でさすり、僅かに眉を寄せて、溜息に似た声を洩らす。
「入れられるのって気持ち良いのか?」
充の言葉を思い出した。
―気持ち良い。
充に抱かれているのは悪くない。
きっと他のどんな相手に抱かれても満たされない何かを、充は俺に与えてくれる。
性的な快感だけではない何か。
充の寝顔を見下ろした。
あどけない寝顔。
何と無防備なことだろう。
桐山は少しだけ、その冷たい目を細めた。
―いつからこうなってしまったのだろう、と思う。
本来なら、女に関心を持つのが普通の筈。
それなのに一向にそんな気にならない。
女を抱きたい気持ちよりも、充に抱かれたい気持ちの方が強くなってしまった。
…俺が健全な育ち方をしていないせいかな?
ふとそう思ってみる。
桐山は充の髪をそっと撫ぜてみた。
充はどうなんだろうか?
充はもしかすると自分を抱くよりも、女を抱くほうが良いと思っているのかも知れない。
考えてみればそれがごく自然な事だ。
「………」
桐山はすっとこめかみに手を当てた。
―なぜだろう。…何だか落ち着かない…。
どうなんだ?充…。
充が早く起きれば良いのに、と思った。
下半身に熱い疼きが起こり、桐山はふっ、と息を吐いて自分のそこをまた押さえた。
自分で熱を収める方法を知らない訳では無かったが、今は目の前に自分の欲求を満たしてくれる存在が居る訳で。
充の顔を覗き込む。
触れる寸前にまで顔を近づける。
その時、充の目がぱっちりと開いた。
桐山はそれで少しだけ驚いたが、すぐにいつもの無表情に戻った。
充のとろんとしたような目が、桐山の姿を捉えると幾らかはっきりしたものになった。
「ボス、起きてたの?」
「…ああ」
「眠れないなら、もっかい、する?」
冗談交じりに充がそう訊いて来る。
寝起きにしては…意識の回復が早い。眠りが浅かったんだろうか。
まあ、そんな事はどうでもいいのかも知れない。
桐山はちょっと考えるふうにした後、「ああ」と頷いた。
「身体が熱くて眠れないんだ。まだ足りない」
充はあまりに素直すぎる桐山の言葉に多少面食らったようだったが、
やがて優しく微笑んで、言った。
「俺もだよボス。まだ足りない」
充は裸の素肌をぴたりと合わせてきた。
下腹部に押し付けられたそこはひどく熱く、脈打っていた。
桐山はぞくりとした。
充の手が頬を撫でる。
唇が重なると、充の逞しい舌が口腔に押し入ってくる。
「んん…」
舌を絡ませる。
つうっと雫が口元を伝う。
「はっ…あ…」
休む間もなく充は桐山のささやかな胸の突起を弄り始めた。
何度か行為を繰り返すうち、充は桐山がここを弄られると弱いと言う事を理解したようだ。
「うっ…っ…」
桐山は身を震わせる。
じわりと下半身に熱が増した。
早くそこに触れて欲しいのに、充はなかなかそこに触れてくれなかった。
まるで焦らす様に、愛撫の箇所を胸から、滑らかな腹へと移した。
ゆっくりと堪能するように充は桐山の腹を撫でた。
臍を中心にくすぐる様な愛撫に、桐山は身をのけぞらせて反応した。
「…あっ…ああ…」
「ボス、ここはどう?気持ち良い?」
充の手が、今度は内股を撫ぜた。
だが中心に触れるか触れないかの位置。
桐山は身悶えした。
気持ち良い。気持ち良いけれど。
早く、欲しい。
充が欲しかった。
充の熱いものに貫かれて、心ゆくまで充を感じたいと思った。
「充…」
無表情だが、少し辛そうな顔で桐山は充を見上げた。
白い肌はうっすらと上気し、紅い唇から吐息が洩れている。
これ以上は無いと言うほど、今の桐山の表情は扇情的だった。
それまで幾らか余裕のあった充の動きが、変わった。
突然頬を挟まれ、唇を奪われた。
「うっ…んん…」
桐山は息苦しいほどに蹂躙され、小さく身震いした。
「充…?」
荒く息をついて充を見上げると、やはり頬を紅潮させた充に抱き寄せられた。
「悪い…二回目だから、なるべくゆっくりやろうと思ってたんだけど…」
充は僅かに息を乱していた。
「ボスのそんな顔見てたら、俺、もう我慢できない…」
充の手が桐山の下肢の中心に伸びる。
熱く張り詰めたものをそっと撫ぜられ、桐山はびくりと身体を震わせた。
足が痺れる様な快感が走った。
「…っあ…充…」
「すごく濡れてる。ごめんな、我慢させちまって」
ぴちゃぴちゃと音がするほどに、充は桐山のものを扱きたてつつ口で愛撫した。
「…っは、あ、っ…みつる…」
桐山は声を上げて反応した。
とろとろと自分のそこから熱いものが滲み出すのを感じる。
充の舌が丁寧にそれを舐めとる。
「ボスがちゃんと感じてくれてるってわかるから、好きだな。ボスのここ」
充は愛しげに桐山のそれの先端に口付けながら、言った。
痺れる様な快感を覚え、桐山は思わず身体を揺すった。
「あ…っ…あ、…あぁ…」
「ここだけじゃなくて、ボスの全部、俺は好きだけど」
充のその言葉に、桐山はこめかみに鈍い疼きが走るのを感じた。
だがいつものようにそこに手を触れる余裕も無い。
充は桐山の下肢を割り、零れた桐山自身の雫で濡れた秘部に
熱く堅くなったものを押し付けて来た。
桐山はその感触にぞくりと何かが背筋を這い上がって来るのを感じた。
「ボス…」
掠れた様な声で桐山の名を呼ぶと、充はゆっくりと内側に押し入って来た。
余程我慢していたと見える。いつもとは違って予告無しだった。
桐山はぎゅっと充に抱きついて、充を受け入れた。
「…っああ…、みつ、る…」
充が自分の中を満たしていく。
それは待ち望んでいた事。
充の熱いものが体内でどくんと息づくのを感じる。
桐山はそれを感じて身震いした。
ぎゅっと締め付けると、充が小さく呻いた。
「ボス、気持ち良い、ボスの中、すごく…」
充の喘ぐ声が間近に聴こえた。
充も感じているのだと言う事が手に取る様に分かった。
「充...も......」
桐山はそんな充の背中に手を回して抱き寄せた。
その感触に気を良くしたのか、充が動きを開始する。
始めはゆっくりと、それから徐々に早く。
充は桐山を突き上げた。
「ああ…あっ、…はっ、…充…っ…」
桐山は体が浮き上がってしまいそうな不安を感じ、充をぎゅっと抱きしめた。
充の腰の動きがだんだんと早まっていく。
繋がっている箇所を中心にぴりぴりと快感が全身を支配した。
「…うう…っ…ん…っ…」
「…っは…ボス、も、いく、よ…」
熱を帯びたような声で囁かれ、桐山はぞくりとした。
「俺も…充…」
息も絶え絶えになりながら必死に充にしがみつく。
「…んっ…」
充が低くうめくのが聴こえた。
それと前後して、体内に熱いものが放たれた。
「…う…ん…ああっ…」
桐山も堪えきれなくなり、溜まりに溜まった熱を充に抱かれたまま解放した。
自分の出したものが腹を濡らす感触がした。
今度こそ満足した桐山は、充の腕に抱かれたままぼんやりとしていた。
さっき、俺は何を充に聞こうとしていたかな。
思考が上手く働かず、桐山は僅かに気難しげな顔をして首を傾げた。
「俺さ、やばいかも知れない」
少しして、充が呟くように言った。
「どうした?」
「ボスにしか、こう言う事したいとか...思えなくなって来たんだ」
桐山はその充の言葉に、ちょっと眉を持ち上げたが、すぐに元の静かな表情に戻って、充を見上げた。
「竜平にエロ本とか見せられてもさ、ボスの方がもっと綺麗だとか...色々考えちまって...」
充はどこか恥ずかしそうにそう言った。
綺麗、というのは褒め言葉なんだろう。
だが普通は女に対して使う言葉なんじゃないか、そう言おうとして桐山はふと黙った。
こめかみに鈍い疼きを覚えた。
「…ボス?」
「…充がそう思うのなら、それで良いんじゃないか」
少しして、桐山はこめかみに当てていた手を外して、言った。
「俺も充に入れられているから気持ち良いんだと思う」
桐山の飾り気の無い言葉は充を戸惑わせたようだった。
桐山はそんな充の様子に構う事無く続けた。
「二人とも困っていない」
桐山はそこまで言って、充の顔をじっと見詰めた。
やはり驚いた様な顔。
それが…ひどく幸せそうな笑顔に変わるのには、さほど時間はかからなかった。
充は桐山の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「ならいっか?当分このままで」
「当分このままで居るのも悪くないんじゃないか」
二人にしてはとても珍しく。
ほとんど同じ内容の言葉を、ほとんど同時に口にした。
顔を見合わせた。
「良かった…ボスも、同じか。心配して損したよ」
充は嬉しそうだった。
桐山はまたこめかみに僅かな疼きを覚えた。
「…ああ。…そうだな」
目の前にある温かな胸に、桐山はそっと頬を寄せて、目を閉じた。
ずっとこのままで居たいと言ったら。
…充はどう思うだろうか?
おわり
後書き:桐山月間最後。裏沼桐。約半年振り。結構頑張ったり。
いろいろあったけどやっぱり私は両想い沼桐が大好きなようです。
桐山が可愛く書けなくて無念です…(泣。
そしてHももっとちゃんと書きたいのにな。
次頑張ります!(逃。