「ボス…」
放課後。
誰も来ない屋上で、
充は桐山を抱きしめ、口付けて、そして、そのまま、押し倒した。
残暑の続く頃。
まだ二学期が始まって間もない頃の事だった。
桐山は何も言わなかった。
充はそんな桐山の夏服のシャツを夢中で剥いだ。
白い肌が露になった。
「ボス…。」
息を荒くして、充は桐山の首筋から胸元、下腹部と、徐々に
唇を押し付けていった。
充は、女を抱いた事も無ければ、もちろん男を抱いた事も無かった。
今、こうしているのが初めて。
ただ、衝動の赴くままに。
桐山に夢中で愛撫を加えた。
勿論、稚拙なテクニックではあったが。
桐山の滑らかな肌を充は夢中で探った。
桐山は、何も感じていない訳では無いらしく、時折眉を顰めたり、
詰まったような吐息を洩らした。
その様子を見て、充の熱は一気に増してゆく。
「ボス…」
充は、桐山に覆い被さった。
Dearest love
こうなったきっかけを説明するには、もう少し時間を遡る必要がある。
夏休みの最後の日。
八月三十一日。
桐山はいつもの様に充の家に来ていた。
「ボス、何か冷たい飲み物欲しいだろ。何がいい?あ、て言っても麦茶とカルピス位しか無いんだけど...」
照れ隠しか、茶髪の頭を軽く掻いて充は桐山に尋ねた。
「どちらでもいい。充がいいと思う方で、構わない」
桐山のいつも通りの答えに微笑して、充は「じゃあ、カルピスな」と言って、部屋を出ていった。
桐山はそんな充の後姿を静かに見ていた。
カルピス…
夏休み中、何度か充の家に来た時に出された、ほんのり甘い、白い、飲み物。
悪くない味。
これまで自分の家では一度たりとて出された事の無い、飲み物。
充と居るようになってから、知った物事は、たくさんあった。
それに、それを知ることは強制されることでは無い。
父親の監視のもと、徹底的に学ばされた多くの物事とは全く別の、
きっとそう、新鮮な、
経験。
経験…。
そう、経験。経験だ。
こういうのも面白いかもしれないと思うから、
自分は充に付いて行くのだろうか。
いや、本当に、それだけ、か?
反射的に左手をこめかみに当てていた。
何かが、違うのだろうか。
充は。
他の人間や、物事とは。
俺にとって、
充とは、何だ?
「お待たせ、ボス!」
はっとして桐山は顔を上げた。
カランと涼しげな音がした。
透明なグラスに乳白色のカルピスと多めの氷が満たされていた。
「氷入れたばっかで冷たいから、美味いと思うぜ」
充は明るく笑って、桐山にグラスを手渡した。
ひやりと冷たい感触。
持ったままだと、手が痺れて来る。
「ああ、美味いな、やっぱ」
充はあっという間にグラスの半分まで飲み干した。
桐山は充を見た。
柔らかそうな茶色の髪。
少し色素の薄い、瞳。
自分とは全く違う容姿。
「ボス?飲まないの?」
きょとんとした様に聞く充。
桐山は目を伏せた。
「いや、もらう」
片手に持ったグラスに視線を向けた。
そのままゆっくりと口に近づけ、そして、少し傾けて、飲み始めた。
渇いた喉を潤してゆく、冷たい感触。
悪くない。
悪くない味がする。
「美味い?」
「ああ、悪くない」
こういう風に、適当な答えしか出来ない。
今まで、本当に美味しい、と感じた事は、無かったのではないか?
いや…そもそも「本当に美味しい」とはどんな感覚なのだろうか。
普通の人間なら―例えば、充なら、それがきちんと感じられるのだろう。
その事だけでは無く。
他にも、色々な事を。
「…充」
「何?ボス?」
充は桐山に呼ばれると、嬉しそうに返事を返した。
「嬉しそうな」顔。
そうだ、それが自分には出来ない。
かなり前から薄々気付いては、居た。
充と一緒に行動する様になってからは、尚更。
よく変わる充の顔。
全く変わらない、自分の顔。
違和感。
やはり自分には、「何か」が足りないのだ。
カラン、と音を立てて、グラスが机に置かれた。
桐山が身を乗り出した。
「…ボス?」
驚いた様な、充の顔。
凍りついた様に変わらない、美しい桐山の顔。
どれ位の時間が経っただろうか。
いや、そこまで長くは無い。
ほんの、数瞬。
数瞬の、間。
桐山の唇が、充のそれに、そっと、重ねられた。
真っ赤に染まった充の顔。
やはり全く変化を見せない桐山の顔。
「…ボ…ボス…?」
「…充」
桐山の声は、あくまで静かだった。
「俺を、抱いてくれないかな」
充はその時、かなり戸惑った顔をした。
恐らく、その様な言葉が、桐山の口から発せられる事が、俄かには信じられなかったのに、
違いない。
「ボス…でも…俺…」
「充が嫌なら、いいんだ」
「ちっ…違うよ!俺…」
充は相変わらず顔を真っ赤にして、何か言いたげな表情をしていた。
「俺...」
「女を抱いた事が、無いのか?」
桐山の言葉は、的を射ていたらしい。
充はさらに顔を耳まで赤く染めて、俯いた。
「その心配なら、いらない。充が、したい様にすればいい」
桐山は充の顔をじっと見つめた。
充はかなり動揺している様だ。
「…ほ…ほんとに…いいのか…?ボス?」
「ああ」
もう一度、桐山が、充に口付けた。もう充はぼんやりと桐山を見つめているだけだった。
「俺を抱いてくれ、充」
桐山がそう言うと、充は恐る恐る桐山のシャツのボタンに手をかけた。
私服でも桐山は、かっちりとした服装の事が多い。
薄手だが、かなり高級そうな白いシャツ。
まだ、充はためらっているらしかった。
「充、俺が脱ぐ」
桐山はそう言うと、自分でシャツのボタンを外していった。
充はあっけにとられてその様子を見つめていた。
シャツの下のTシャツも脱いだ。
染み一つ無い、降りたての雪の様に真白い肌があらわになった。
桐山は恥らう様子を全く見せない。
そのまま、ベルトにも手をかけようとした。
「あっ…!ちょ…ちょっと待って!ボス!」
「どうした?」
「い…今は…そこまでで、いいよ…」
「何故だ?」
「いや…その…とにかく、今は」
「わかった」
桐山は上半身裸で、充の前に座っていた。
相変わらずの無表情で。
いつも通りのとても美しいけれど―どこか冷たい、そんな顔で。
充をじっと見つめていた。
充は、そんな桐山に、ただみとれている様だった。
「どうした、充」
一向に動く気配の無い充に、桐山が静かな声で尋ねた。
充の身体がびくっと震えた。
「ボス…」
充は、困った様に目を伏せた。
暫く、黙っていた。
充はすっと腕を伸ばした。
その腕が、桐山の背に回った。
そして強く抱きしめた。
「ボス、俺…」
充の腕の中から、桐山は充を見上げた。
少し、桐山は眉を上げた。
充は、「泣きそうな」顔を、していた。
「俺、やっぱ、無理だ。ごめん...」
「そうか」
充の腕が、桐山を開放した。
桐山は何事も無かったかの様に、投げ出されたシャツを拾い上げて、
身支度を整え始めた。
「あの…ボス…俺…」
「気にすることはない。ただ、そうしてみようと思っただけだ」
桐山は気分を害した様子も無く言った。
充は俯いて、また「ごめん、ごめんな、ボス」と繰り返した。
何時の間にか、日が暮れかけていた。
桐山は腕の時計にちらりと目をやった。
「充、俺はそろそろ帰るよ」
「えっ?じゃあ俺…送るよ!」
「そうか?」
「…うん」
家を出ると、一面紅い夕暮れが空に広がっていた。
桐山と充は一緒に歩いていた。
桐山はふと思った。
充と一緒に帰る道は、
ひとりで帰る道とは、どこか違っていると。
同じ様に日が暮れて、
同じ様に暗くなっていく道なのに。
なぜだろうか。
それに、今日はまた、いつもと違う。
充は俯いたまま何も話さなかった。
いつもは、嬉しそうに色々な事を話し掛けて来るのに。
先程の事をまだ気にしているのだろうか。
だとしたら、充に済まない事をしたのかも、知れない。
ただ、そうしてみたくなった、それだけの事なのに。
「充、ここでいい」
「あ…うん。じゃあ、またな、ボス」
その顔も、どこかぎこちなかった。
そうなる理由は、何なのだろうか。
よく、わからない。
桐山は充の目を見た。
おびえた様に充は目を逸らした。
そんな事は、初めてだった。
充は、桐山に背を向けて、もと来た道を歩いていった。
桐山は小さくなっていく充の背中を見つめながら、暫くそのまま立ち尽くしていた。
「充は、俺を嫌いになったのかな」
桐山は左のこめかみに、そっと触れた。
そうして二人は新学期を迎える事となった。
つづく
言い訳++++
後味悪い...
桐山視点です。
何か最初からHしてるのにわけわかんない展開ですみません。
ボス、誘い受?
充は桐山の事、嫌ったわけじゃないですよ?
次でちゃんとフォローします。
後編をお楽しみに
きっと後編の方がエロっぽいです。
でも私こう見えてエロ書くの初めてですから、
あまり期待に添えるようなものは書けないかも...
温かく見守ってやって下さると嬉しいです。
すぐに後編アップしますよ。
あ、タイトルはラルクさんとは関係ありません。
念のため。